「声よりも近い位置」にいるために     堀江栞

心から好きなものを描き、その芯を確かな形として表したいとの思いで、制作してきました。私には、有機溶剤に対するアレルギーがあります。油絵具やアクリル絵具等の、化学物質が入った画材を使えないため、日本画科に進学し、天然素材由来の岩絵具と顔料、和紙、膠だけで絵を描いてきました。私にとっては岩絵具の粒子ひとつひとつが、単なる画材ではなく、好きなものを形作る細胞のように思えます。


制作にあたって心がけているのは、モチーフを目の前に置き、距離を縮め、観察を重ねて描いていくことです。対象は、いつもすぐそこに、でも見えないところにあります。長い時間にわたって対話を続けることで彼らに近づき、静かに発せられる声を、なんとか聴き取りたい。2021年4月から6月にかけて行った個展の総タイトルを「声よりも近い位置」としたのは、そのような願いをこめてのことです。


描いていくなかで引き寄せられたのは、傷つけられ、痛みを負い、哀しさや辛さを抱えた存在たちです。それがこれまで描いてきた動物や石、人形でした。しかし、2015年の五島記念文化賞によるパリ留学をきっかけに、モチーフとしての「人」と向き合いたいと思うようになりました。


周りに合わせ、意思を表明しないまま流されていきがちな現在の状況に、私は不安を覚えています。歴史を振り返れば、同様の景色が広がっていたことは明らかです。小さな声は蔑ろにされ、異を唱えるものは居場所を奪われてきました。「痛みを負った哀しさや辛さを抱えている者」たちの声。周囲に、社会に踏みつぶされそうな声。そんな声を聴き取るために、「人」を描いてみたいとはじめて思いました。私が彼らを描こうとしているのは、単なる共感からだけではなく、その抗いの姿勢を継承するためでもあります。今はもういない彼らとこれから来る彼らに、寄り添い続けていきたいと思っています。